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​乃木将軍と辻占売り

一、

明治三十七、八年の

日露戦争 開戦以来

苦戦悪戦 致されまして

我が子二人は戦死をすれど

うまずたゆまず 奮闘致し

遂に落城致されまして

御旗旅順にひるがえされた


二、

軍の指揮官 乃木将軍は

戦士なされた 我が兵卒の

遺族訪問 致されまして

謝罪なさった その一席は

時は二月の如月時よ

武家の育ちの乃木将軍は

どこへ行くにも 質素な仕度


三、

今日は穏やか 散歩をしよと

家を出掛けて 梅林にて

ここに立派な売店ありて

腰をおろして 眺めをいたす

梅の香りは また格別と

遂に夜更けて 十一時頃

通りかかった両国橋の


四、

水の面に 月ありありと

波にゆらるる その風景に

寒さ忘れて たたずむ折に

二人連れなる 辻占売りが

破れ袷(あわせ)を身にまとわれて

赤い提灯 片手に下げて

弟手を引き さむげな声で


五、

恋の辻占 あの早わかり

買ってください みなさまごとと

客を呼ぶ声 さも愛らしや

兄は一人で心配いたす

なぜか今夜は少しも売れぬ

そんなこことは 弟知らず

これさ兄ちゃん 寒くてならぬ


<つづく>

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