紺屋高尾
一、
ここは神田のお玉ケ池に
紺屋渡世の六兵衛さんは
数多職人数ある中に
越後生まれで久三と云うは
年のころなら二十と二、三
桜見物その折柄に
高尾見初めて覚めても寝ても
二、
忘れらるぬが恋路の道よ
俺も男と生まれたからにゃ
ああいう女とただ一度でも
会って話がしてみたいなと
言ったところが兄弟子たちに
ダメだよせよと言われた故に
いっそ死のうと思ったところ
三、
助けられたよ親方さんに
訳を話せばこれ久三よ
たとえ紺屋の職人だとて
金があるなら花魁買える
無分別をばしちゃならないと
言われ久三 気を取り直し
それじゃ親方伺いますが
四、
一度行くにはなんぼでしょうか
そうさ一度で十五両かかる
それをためるに三年かせげ
それじゃかせごと仕事にかかる
寝る間寝ないで三年のうち
そこで久三貯めたる金が
十と八両二分二朱あれば
五、
内の十五両 懐中入れて
やって来たのが あの吉原よ
くれば廓(くるわ)は
皆(みな)万灯籠(まんどうろう)
今は全盛 高尾太夫
部屋は上品あの奥二回
タンス鏡台 錦のふくさ
ここの座敷で久三こそは
六、
夜具を被って目ばかり出して
起きてよいやら寝て悪いやら
床の中にてもじもじすれば
これを見るより高尾太夫
そばに近寄り両の手付いて
目覚めましたかねえ主さんよ
近いうちにはおいでを願う
七、
言えば久三にっこり笑い
私しゃこのままこうしていたい
明日も来たいよ又あさっても
しかし花魁 私の身分
実は紺屋の職人なれば
一度来るには十五両かかる
年に五両の給金なれば
八、
十五両貯めるにゃ三年かかる
そこでいっぺん又三年に
しかし花魁貴女の器量
永く廓に居らないでしょう
お金持ちにと身受けをされて
立派なお方になるやも知れぬ
もしや途中で会ったるときにゃ
九、
ツンとしまして横をば向かず
お前無事かと言うてくれたなら
これに越したる喜びはない
これが久三の一生の頼み
願いますぞい のう花魁と
膝にすがって ワッと泣きだせば
これを聞いたる 高尾太夫
十、
ほろり落とした涙のしずく
もうし主さん久三さんへ
うそとうそとのこの里にきて
恥もかまわず身分の程を
よくぞ打ち明け下さいました
主のようなる正直ものを
見るも聞くにも今初めてよ
十一、
主の正直 心に惚れて
初会惚れしてわしゃ恥ずかしや
女郎がお客に惚れたといえば
客は来もせで又来ると言う
主の言うこと 本当なれば
来る三月 わしゃ年明けよ
年が明けたらあなたのそばに
十二、
きっと行きます久三さんよ
どうか見捨てて下さいますな
それを聞いたる久三こそは
もうし花魁わしゃ馬鹿だから
そちの云うこと本当にするぜ
何で嘘言うてよかろうものか
いやしい稼業はしているけれど
十三、
人の腹からわしゃ出でたる子
情に変わりは少しもないよ
義理と云う字は皆墨で書く
立ってタンスの引き出し開けて
出したお金が三十両よ
主と夫婦になったる時に
たとえタンスの一さおなりと
十四、
買って仲良く暮らしましょうよ
出したお金の三十両を
これを頂く久三こそは
うまい話だ夢ではないか
たとえ夢でも覚めないようと
久三戴き懐入れる
高尾太夫が角まで送りゃ
十五、
送りだされた久三こそは
あまり嬉しく足地に着かず
やって来ましたお玉ケ池に
主人六兵衛 話をすれば
馬鹿な野郎だ気を落ちつけろ
それが女郎の手管というて
そんな口にと乗ったるなれば
十六、
飛んだ災難受けねばならぬ
言えば久三は真面目な顔で
そうじゃがんせん親方さんよ
女郎に誠は無いぞと言うが
誠あるまで買う人が無い
これがこのように三十両の
金を私に下さいました
十七、
聞いて六兵衛あきれるばかり
久三そのまま仕事にかかる
来る三月 高尾が来ると
寝ても起きてもそのことばかり
廻る月日にゃ変わりはないが
今年終わってもう翌年の
かたい約束 三月半ば
十八、
やって来ました一丁の籠は
六兵衛前に通されました
たれを開ければ中から出たは
天女と間違う一人の女
紺屋六兵衛はこちらでしょうか
私しゃ高尾でありんすけれど
どうかこの家の久三さんに
十九、
一目なりとも逢わせておくれ
奥で聞いてた 久三こそは
忘れられない高尾の声に
一寸表を眺めたなれば
つとめするときゃあのたてひょうご
今は変わってまゆげを落とし
赤い手柄に丸まげ結うて
二十、
女房すがたのあの美しさ
さてはお前は高尾さんか
余りあわててあいがめ落ちる
すくい出されて久三こそは
これを見るより六兵衛さんは
実にあなたは遊女の鏡
ほんにあなたは女の鏡
二十一、
ここにお酒が一升あれば
一生仲良く暮らせるようと
主人六兵衛 仲人となり
ここに目出度く祝言致し
二人一緒にしたそのうえで
六枚屏風を立ったる陰で
二人並んだ男に女
二十二、
つもる話のその数々を
したかしないかこちゃ知らなんだ
これを聞いたる町中の者は
縁というのは不思議なものよ
全盛極めた高尾太夫
たかが紺屋の職人などに
嫁に行くとは不思議なものよ
二十三、
たとえサラシの一反なりと
染めにやらなきゃ先祖にすまぬ
これが江戸中の評判となり
店は益々繁盛すれば
主人六兵衛 隠居をなして
そこで久三が店をばつなぐ
二人の仲には子供もできて
二十四、
夫婦仲良く末々までも
さても目出度き話でござる
ご来場なる皆様方へ
もっとこの先やりたいけれど
もはや手前の受け持ち時間
ここらあたりで止めおきまして
ご縁あるならまたこの次だが
オーイサネー