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継子三次

一、

ころは安政 元年成るが

国は武蔵で 秩父が郡

真門村にと 百姓いたし

元は良し有る 大百姓で

親の代から 零落いたし

田地田畑 みな売りつくし

今じゃ小作の ひょうをとりて


二、

送る月日も 貧苦にせまる

今年又候 北アメリカの

異国騒動 品川沖は

新規つきたけ 台場の普請

それを聞いたる 百姓の喜八

土をかついで お金をためて

それを土産に もどらんものと


三、

支度ととのえ わが家を出でる

あとは喜八が 後添おたく

継子三次と 明暮れ共に

惨く育てりゃ 横しま邪険

辛くあたれど 三次郎こそは

親に孝行素直 な生まれ

産みの親より 育ての親と


四、

機嫌とりとり 後かたずけて

母の詰め置く 弁当もって

草紙かかえて 寺にと急ぐ

急ぐ間もなく 寺屋であれば

三次精出し 手習いしょうと

恥を書く子や 絵を書くこども

いろは書くのは 三次が一人


五、

習い浅れど もう昼時よ

皆も弁当 三次も共に

弁当開いて 食べようとしたら

飯にたかった あまたの蝿が

ころりころりと 皆死に落ちる

それと見るより お師匠さんは

三次その飯 しばらく待ちな


六、

蝿が死ぬのは ただ事ならぬ

犬に食べさせ 試して見よと

犬はその飯 食うより早く

倒れ苦しみ 血へどを吐いて

すぐにその場に 命を捨てた

さては三次の 毒弁当は

たしかおたくの 仕業であろうと


七、

胸におさえて これ三次郎

今夜こちらへ 泊まってゆきな

言えば三次は ありがた涙

親の恥をば 話すじゃないが

家に残りし 妹達は

赤いべこ着て 毎日あそぶ

夜はおこたへ ねんねをしたり


八、

おんぶされたり だっこをしたり

お乳飲んだり 甘えるけれど

このや私は 打ちたたかれて

三度三度の 食事もみんな

母や妹が 食べたる残り

寒い寒中 雪降る日にも

やぶれひとえに 足袋さえはけず

九、

わしの身体は これこの様に

顔や手足は ひびあかぎれよ

ほんに辛いよ 継母さんは

なんで非道な 事するのかと

湯屋で評判 世間でうわさ

聞いて師匠は びっくり致し

それじゃなおさら 泊まっていきな


十、

言えば三次は 涙をはらい

今夜泊まると あの母さんに

打たれたたかれ 責め苦がつらい

帰りますよと 師匠に別れ

家に帰れば 継母おたく

今日の弁当 食べたか三次

はい、と三次の 言葉はにごる


十一、

聞いて継母 角をばはやし 

弁当食べたは まっかな嘘だ

誠いわなきゃ こうしてやると

そばにあったる 薪振り上げて

力いっぱい 打ち伏せまする

どうか堪忍 して下しゃんせ

実は弁当 食べようとしたら


十二、

それをみるより お師匠さんが

ほかの弁当 食べさせました

泣いて詫びるを 耳にも入れず

土間にふせたる あの大釜よ

煮立つ湯玉は 焦熱地獄

三次身体に 荒縄かけて

中へ無残と 押し込みまする


十三、

かかるところへ 三次の身をば

案じましたる 手習い師匠

家の三次は どうした事と

言えばおたくは 何くわぬ顔

家の三次は どうした事か

帰り道草 なまけていると

どうかお師匠 お叱りませと


十四、

言えば師匠は 不思議に思い

あちらこちらを 見回したるに

土間にふせたる あの大釜よ

これはいよいよ 怪しきものと

煙草つけんと いたせばおたく

お火はこちらへ 取ります程に

言えど師匠は 耳にもいれず


十五、

おたく突きのけ あの大釜よ

蓋を取りのけ 仰天いたす

見るも無惨な この有様に

すぐに師匠は 検視を願う

前に来たれば おたくはうしろ

裏の田んぼに 追い詰められて

憎いおたくは 張りつけ柱


十六、

七日七夜の あのさらしもの

さって一座の 皆様方よ

継子もったる その人々の

お気に召さぬか 知れないけれど

このや口説きは 何より手本

わが子継子の 隔てをせずに

育てたまえよ 皆さん方よ

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